拾った犬の、育て方。 |
「海斗さ〜ん」 背後から聞こえてきた声に、海斗の肩はピクリと反応した。 だが、決して海斗はその声の方に振り返ろうとはしない。 なぜなら、振り返ったら最後だという事を海斗自身がよく判っていたからだ。 「か・い・と・サンってば〜」 だが海斗の無視の理由も全く理解しない男は、嬉しそうに海斗の肩を掴む。 仕方なく、海斗は男の方を振り返ったのだった。 「俺は急いでいるんだけどな、片野」 だからその手を離せ―――という無言の視線は、基本的に鈍感な男に通じるわけがなかった。 「海斗さん、冷たい。それに、もう定時は過ぎてます」 「定時は過ぎていても、俺は仕事が残ってる」 日本語の通じない男は放っておいて、海斗は自分の目的を遂行するため足を進めようとした。 が、肩にかかった腕に阻まれて、前に進めない。 「―――片野、離せ」 海斗の一言に、男はその高い背丈を屈めて、海斗の肩へ額を乗せた。 「冷たい、海斗さん。今日は、ホワイトデーなのに。今日は恋人達の日なのに。今日は俺と二人っきりで―――」 それ以上、男が言葉を続ける事は出来なかった。 なぜなら、腹部に海斗の拳が見事に入っていたからである。 「片野、会社でそれ以上言ってみろ。俺は金輪際、お前とは口を利かない」 そういい捨てると、その場に蹲ってしまった男を置いて海斗は残っている仕事へと向ったのだった。 「ひどい〜。か、海斗さぁぁん〜〜〜」 後から聞こえてくる声に、思わず耳を塞ぎつつ。 海斗コト―――海斗航と、男コト―――片野虎太郎は、宮路物産株式会社で先輩と後輩という関係だ。 3年後輩の虎太郎の新人教育をしたのが、海斗だったのだ。 190センチ弱という他の新人より頭1つ出ていた背丈と、その爽やかで整った顔。そして体育会系のハキハキ明るい口調と乗り。 彼は、新人の中で一番目立つ存在だった。 そんな彼は「海斗先輩。海斗先輩」と、まるで犬のように海斗に懐き、どこにでもついて来た。 懐かれた海斗も悪い気はせず、よく接していると虎太郎は本当にいいヤツだと判ったので、本当に細かい所まで面倒をみて可愛がっていた。 「そろそろ、お前も1人で出来るよな」 半年たったある日、海斗が虎太郎に告げた言葉だ。 虎太郎は優秀で、海斗の言葉を吸収した。海斗はもう教える事はないな、と判断したのだった。 海斗の言葉に、虎太郎は一瞬顔を歪めたが、小さな声で「はい」と答えた。 その言葉に、「頑張れよ」と虎太郎の軽く肩を叩き、海斗は満足げに微笑んだ。 自分なりに、1つの仕事をやり終えたと満足したから。 その夜、虎太郎から誘われて飲みに行った。 ガンガンに飲む虎太郎に釣られて、海斗もかなり飲んでしまった。 「海斗さん、オレのアパートおいでよ。ココから近いから。もう電車ないし」 誘われるがままに、海斗は虎太郎に付いて行った。 そして――― 「な、何をしてるのか、判っているのか? 片野!」 突然圧し掛かってきた虎太郎に、海斗は声を荒げた。 「判ってますよ。海斗さん」 無表情の虎太郎は、海斗のネクタイに手をかけ、シュルリと片手でそれを外した。 「明日から、貴方はきっとオレを見なくなる」 「どういう、事だ」 ボタンにかかった手を引き離そうとするが、虎太郎の力は強く、海斗の力ではびくともしない。 「いや、ただの後輩として―――他の、他のヤツラ・・・と一緒に扱うんだ。そんなの耐えられない」 「こ・・・たろ?」 海斗から漏れた己の名前に、虎太郎は手を止めた。 そして、ジッと海斗を見つめた。 追い詰められた目をして。 「海斗さんは、オレだけに声をかけて。オレだけに笑って。オレだけに―――」 オレだけの海斗さんでいて――― 虎太郎の突然の言葉に、海斗は息を呑んだ。 ―――こいつ、ノーマルだったはずだよな。 ゲイである海斗は、ゲイの匂いはわかる。 虎太郎には、ゲイの匂いはしなかった。 絶対に、ノーマルだと言い切る自信がある。 なのに―――なぜ、海斗は押し倒されているのだ? 「海斗さん・・・海斗さん・・・海斗さん・・・」 海斗の名前を呼びながら、必死に肌を探る虎太郎を見つめながら、いつの間にか海斗は「まぁ、いいか」という気になっていた。 ―――最近、ヤってねぇし。こいつの躯嫌いじゃねぇし。 筋肉のついた逞しい虎太郎の躯は、海斗の好みである。 男相手が始めてだろう虎太郎にさり気なく手をかしつつ、海斗は快楽を貪ったのであった。 ―――酔ってたんだよ、あの時。 海斗は、初めての夜を思い出すと未だに頭を抱えたくなる。 目が覚めた次の日、実際抱えた。 ノーマルの男を、その気は無かったとはいえ喰ってしまったのである。 しかも後輩だ。可愛がっていた。 ―――ゲイだって、言いふらすとは思えないけど。そういう目で見られるのは覚悟した方がいいかも。 あー、もう。 虎太郎から“そういう目”で見られるのは、かなり痛いが仕方ない。 そう結論づける事でどうにか平常心を取り戻し、海斗は自宅へ帰ろうと隣で眠っている虎太郎を起こさないようにそっとベットを出ようと立ち上がりかけた。 ―――が、思わぬ力にベットに引き戻される。 「な―――」 「まだ、いいでしょ。海斗さん―――」 驚きに身動きできなかった海斗の躰を、虎太郎はあっさりと抱え込んだ。 「昨日の海斗さん、すげぇ綺麗だった。オレ、まさか答えてくれるとは思わなかったから嬉しくて・・・」 顔中にキスを落とされる。 「海斗さん、好き。大好き。一目ぼれだったんだ。オレ、絶対大切にするから。ずっと一緒にいようね」 虎太郎の行動に呆然としていた海斗だが、最後の虎太郎の言葉に圧し掛かっている虎太郎を押しのけて起き上がった。 「お、お前―――」 寝言は寝て言え! そう言いたかった。 言う、つもりだった。 ―――だが。 虎太郎の笑顔をみて。 満面の笑顔をみて。 本当に嬉しいという笑顔を見て。 何も、言えなくなった。 ―――ま、今付き合ってるヤツもいないし・・・いいか。 会社に恋愛ごとを持ち込まない―――という、海斗の主義をこの時点で反している事に、本人も気付いていない。 主義に反するほどに―――虎太郎が海斗の心の中に入り込んでいたという事も、本人は気付いていない。 時計を見ると、9時を過ぎている。 流石に今日は帰るか・・・と、海斗はパソコンの電源を落とした。 事務所の電気を消して、セキュリティーをオンにしてドアを閉める。 ビルの守衛と挨拶を交わすと、海斗はビルを出た。 3月も半ばだというのに、まだ肌寒い。 コートの襟を立てたところで、背後から肩を叩かれた。 「海斗さん・・・」 誰かは、すぐ判る。 そして、驚きは小さな怒りに変わる。 「お前、こんな時間まで待ってたのか!」 虎太郎を追い返したのは6時半頃。 そして、今は9時すぎ・・・。 2時間半近く、寒空の中海斗を待っていたという事だ。 事務所で待ってるという手もあるだろう。 海斗のアパートの鍵を渡してある。 アパートで待つという手もあるのだ。 それを―――。 「一緒に帰りたかったんです」 ニコリと笑い「さ、メシでも食いましょうよ」と、虎太郎は笑った。 その笑顔に、海斗は怒鳴り散らしたかった言葉を飲み込んでしまった。 二人で居酒屋で飲んで食べて、海斗のマンションへと向った。 「来い」とは言わなかったが、虎太郎自身は「行く」気だったらしい。 鍵を開けて、真っ暗な部屋へと入る。 「・・・海斗さん」 背後から抱きつかれて、海斗は藻掻いた。 「お前、電気ぐらいつけさせろ」 「待てない」 「馬鹿っ!」 馴れた手つきで、ネクタイを外され、スラックスのベルトを抜かれる。 「今日はホワイトデー。オレにプレゼント下さい」 耳朶を噛まれ、海斗の背筋がゾクリと震えた。 「な、んで俺がお前にプレゼントやらなきゃならねぇんだよ」 「バレンタインの時、俺チョコレートとブランデープレゼントしたじゃないですか。それのお返し」 別にくれと、言った覚えはないが・・・確かに海斗は受け取っている。 「ね、おかえし・・・下さい」 海斗のシャツのボタンを器用に外すと、虎太郎はその胸の突起物をキュッと摘む。 「・・・んっ」 思わず漏れた海斗の甘い声に、虎太郎はニンマリすると耳元に熱い吐息を吹きかけた。 「ココでする? それともベット?」 海斗の股間をスラックスの上から掴んで揉みしだく。 思わず引いた海斗の腰を掴んで、虎太郎は熱くなった己の腰を押し付けた。 「あっ・・・」 感じている海斗に「ここでする?」と再度虎太郎が問いかけると、「・・・ベット」と小さな小さな声で返事が返ってくる。 虎太郎はその返事を聞くと共に、海斗を横抱きにして抱えあげると、勝手知ったる部屋の廊下を横断し、べっどルームのドアを開けた。 ダブルのベットに海斗を横たえると、虎太郎は自分の服を脱いで、その躯に覆いかぶさったのだった。 「てめぇ、ずるいぞ―――」 「海斗さん、素直じゃないから。躯に聞いたら一番判る・・・」 虎太郎らしからぬ言葉に、思わず目を開いてジッと小太郎を見つめた海斗に、虎太郎は小さな笑みを漏らした。 「好きです。海斗さん、愛しています」 「・・・」 近付く唇。 拒めばいい。 本当に嫌ならば、ここで横を向くだけでいい。 だが、海斗は思わず目を瞑った。 落ちてくるであろう唇に、思わず唇を薄く開く。 「んっ・・・ふっ・・・」 濃厚に絡められる虎太郎の舌。 ソレに答える海斗。 「海斗さん、好き。好き。愛してる」 合間で漏れる声。 その言葉に熱くなるお互いの躯。 ―――判ってるよ、馬鹿。 判ってる。 虎太郎に本当に愛されていること。 判ってる。 虎太郎を愛してしまっていること。 ただ、怖い。 いつかくる、サヨウナラが。 男同士の恋愛。 いつか、終わりが来る。 海斗は、いくつもの終りを経験してきている。 だが、入れ込む事は無かった。だから傷つかなかった。 一線を引いて、理性を保つ。 それが、海斗の恋愛だった。 しかし虎太郎は、『好き』『愛している』という言葉と、一心に海斗を慕う姿、そしてその真摯な瞳で海斗の境界線を乗り越えてきた。 終り。 必ず来る終わり。 ノーマルの虎太郎に捨てられるのは、海斗の方だ。 だから、怖い。 いつか来る終わりに怯える。 そして、必死に線を引こうとする。 「愛しています・・・」 「んっ、あっあっ―――」 入り込んで来る。 「好きです。海斗さんだけを」 「や、んっ・・・イ・・・」 隙間を、染み込んで来る。 「海斗さんだけを、愛し続けます―――」 「あぁ、んぁ、あぁぁ・・・!」 心の中に。 犯される。 心の奥の大事な部分。 守り続けていたモノを。 その言葉で。 その腕で。 その目で。 「こ、たろう―――」 目覚めると、小さな寝息。 ―――犬、だな。 大きな犬。ゴールデンレトリバーを思い出す。 海斗の腰に腕をまわし、夢の真っ只中の虎太郎を見つつ、海斗は小さな溜息を漏らした。 ほだされてしまった。 思わぬ所で躯を繋いでしまった為、油断した。 気がついたら、心の奥まで侵食して来た。 抵抗出来ぬまま。 髪の毛に触れる。 思ったより柔らかい感触に、何度も撫でてみる。 「か、いとさん・・・」 思わず手を引いたが、目覚めたわけでは無いらしい。 うにゅうにゅ・・・と何か言うと、海斗の腰に回した腕の力を込めてきた。 「だいすき・・・海斗さん」 その言葉に、思わず苦笑する。 行ける所まで、行ってみようか。 最初から、諦めずに。 拾ってしまった犬は、責任を持って飼わなければならないのだから。 海斗は、虎太郎の広い胸に顔を埋めると、瞼を閉じた。 |
| 今更、ホワイトデー。 今更、ホワイトデー。 何故?という問いかけは・・・別にいいんですけどね。 |
| 2003.3.23 |
| モドル |